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最高裁判所第二小法廷 昭和23年(れ)174号 判決 1948年6月05日

主文

本件上告を棄却する。

理由

辯護人吾野金一郎の上告趣意書は「原判決は擬律錯誤の違法あり原判決は單純横領罪に問擬すべきに拘らず業務上横領罪に問擬したる違法あり抑々刑法第二百五十三條に所謂業務とは法令慣例若くは契約に因り一定の事務を営業とするを謂ひ業務たるには必ず一定の事務を営業として行ふことその事務は法令慣例若くは契約に因ることを要すること大審院の屡々判示せしところなり被告人は昭和二十二年二月一日宇品上陸地連絡所の庶務課員として專ら庶務に從事し復員者に對する旅費交付事務に關與すべき職務權限を有せざりしが旅費交付事務を擔當する者に多忙その他支障ある場合自己が嘗て旅費交付事務に經驗ありたる關係上同僚に對する情誼上之を座視するに忍びず私的關係に於て随時自発的にその手傳を爲したるものなり從て庶務課員として旅費交付事務に關與すべき責務なく又上司より特に之を命ぜられたるものにあらず之れ證人河本喜久造の原審に於ける證言に據り明かにしてその手傳を爲したる根據の法令に基かざること疑を容れず又庶務課員たる被告人が旅費交付事務を擔當すべき慣例の存するものなし苟も慣例と認めむには相當期間慣行せられ然も之が公認せられ職務化せられたるを要するも被告人は短期間中時々手傳を爲したるに過ぎずしてその期間及回數は之を慣行とするには甚だ遠きのみならず未だ公認せられたるものにあらず況して職務化せられたるものにあらず專ら私的關係に於て手傳を爲したるが之が手傳を爲すと否とは全く被告人の自由にして手傳するを欲せざるときは之に關與せざる自由を有し何人も之を咎むることなし依て執務の根據が慣例に因るものにあらざるは亦明白なり更に契約に因り手傳を爲したりや否やを觀るに此所に契約に因るとは事務擔當の根據が一般概括的に豫め契約に因り決定せられ該契約の内容として執務行爲が反覆せらるる場合を指稱し箇々の行爲に付その都度契約を爲し之に基きその事務のみをその時限りの責任に於て擔當するが如きは契約と反覆性に於て缺ぐるところあり所謂契約に因るものと爲すを得ざるなり尚被告人は前述の如く旅費交付事務を擔當すべき責務なく係員が如何に多忙を極め支障あるも之を傍觀して然る可きに拘らず自己の欲する時のみその手傳を爲し上司等之を感知するも放置せられありたる程度にして手傳を爲すことを豫め決定せられ居りたるものにあらず從て時偶々手傳を爲すことあるもその各行爲はその都度格別の意思決定に依るものにしてその間に毫も意思の連絡なく之を以て営業と爲したりと認むるは甚だしく事実の真相に合致せず要するに被告人の旅費交付事務は法令慣例若くは契約に因り一定の事務を営業と爲したるものにあらざるを以て須く刑法第二百五十二條を適用すべきに拘らず刑法第二百五十三條に問擬したるは擬律錯誤の違法あり假りに然らずとするも刑法第二百五十三條適用に際り敍上の理由を明かにせざるは理由不備若くは判斷遺脱の違法ありと信ず」というにある。

しかし復員事務官で宇品上陸地連絡所庶務課勤務を命ぜられた者が他課の所管ではあるが復員者に對する旅費の交付及びこれに充てる国庫の前渡資金保管の事務についても平素から事実上擔當主任事務官の補佐としてこれに從事し關係上司においてこれを認めていた以上特にその命令に出でたものでなくてもその事務の處理は刑法第二百五十三條のいわゆる業務に該當するものと解すべきである。然らば原判決が被告人につき右と同趣旨の事実を認定した上本件につき刑法第二百五十三條を適用したことは正當であって原判決には所論の如き違法があるということはできない。論旨は理由なきものである。

よって本件上告は理由がないから刑事訴訟法第四百四十六條により主文の如く判決する。

この判決は裁判官全員一致の意見によるものである。

(裁判長裁判官 塚崎直義 裁判官 霜山精一 裁判官 栗山茂 裁判官 小谷勝重 裁判官 藤田八郎)

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